この声があれば他には何も要らない、と物欲至上ジャパニーズの自分に錯覚を起こさせるこの世でたった一つの、永遠の清貧若葉ヴォイスの持ち主エイロス・チャイルズ。彼が15歳の時に始めたゴーキーズ・ザイゴティック・マンキ(GZM)でメジャー・デビューまで果たしてから10年の歳月が流れた。その間にバンドに起こったことは「インディー・バンドの悲劇」のように語られることがある。メジャーで失敗、インディーに戻るがバンドは解散・・・文字で事実を書き記すと転落劇のようだが、傍で想像するほど彼らに悲壮感はなかったと思う。その証拠にメジャー脱落後のインディ・リリース作品はどれも多幸感に溢れた極上のフォーク・ポップばかりだった。
90年代というブリットポップ最盛期にその主流とは異質のサイケ・フォークを奏でたGZMは、フリーフォーク隆盛の今に存在していたら・・・と思わせるウェールズの虎の子バンドだった。それが結成当初からのメンバーでありエイロスの実姉であるメーガンの出産を受けバンドとしては活動停止状態となり、結成15年目の2006年初頭に自然の成り行きで解散。ゴーキーズの楽曲の80%以上を手掛けていたエイロスは、ソロ転向後の18ヶ月の間に本作「The Miracle Inn」以外に「Chops」と「Bore Da」という2枚のアルバムを発表している。バンドという枠が外れ、堰を切ったように溢れ出したクリエイティヴィティは全くの想定外ではなかったとは言え、予想を上回るハイペースに驚かされている。初ソロ・アルバム「Chops」は彼の大好きな夏とその想い出をテーマにした爽快で軽妙な作品だったし、続く「Bore Da」は全編ウェールズ語だったため同地以外のプレスからは正当な評価を得られなかったが、これぞ「エイロス節」とも言える捩れたポップ・ミュージックの集大成として従来のファン以外に若い世代のウェルシュ・インディーポップ好きからも愛聴された秀作だった。
1年半で3枚という多作ぶりを性急と批判する向きもあるようだが、彼の才能を天賦のものとして評価する立場からするとそれは外野からの野次だ。この36分の短いアルバムの中にエイロスの最大の魅力は十二分に息づいている。彼の魅力とは彼が彼自身以外の何者でもないと言うこと。当たり前のことを言っているように思われるかもしれないが、アーティストとして一番大切な個性を外野や流行に左右されずに表現し続けることができるのは本当に限られた一部の者達だけだ。16年と言う長きに渡ってブレることなく音楽を作り続けているエイロス・チャイルズは、神に選ばれた至福のメロディ・メイカーだ。まるで呼吸をするかのように自然に湧き上がる曲の数々、天上から降り注ぐような彼だけが持つことを許されたやさしく憂う歌声、そしてこの音を聴ける幸せ。
本作のタイトルになっている「The Miracle Inn」とは彼が青春期に通った今は無き地元パブのことで、アルバムの内容も全体的にノスタルジックな故郷へのオマージュになっている。彼の作品の傾向として、秋のリリース作は基本的に叙情的で郷愁を誘うものが多い。一個人の作るものとして当然なのだが、彼の作品にはそうした一種の定則があると筆者は考える。その定則は不変性の表れであり、彼のアイデンティティだ。本作6曲目の「Hard Times Wondering」で自ら「It's funny and it's strange/ How some things never change(可笑しな話なんだけど/物事って本当に変わらないね)」と歌っているように、彼は筆者の知る限り、つまり変声期以降から現在の32歳に至るまで、恐らく殆ど変わっていない。音楽も、テーマも、声も、パフォーマンスも、背丈も、服装も、夏に短く冬に伸ばす髪型も。確かにゴーキーズ時代のPVでのキラキラ美少年ぶりから見ればだいぶ老けたが、それでもライヴで目を閉じて髪を振り乱して足踏みをしながらキーボードを叩く姿を見ていると、どこがどう変わったのか判らなくなる。
「Write a song and send it off / Sign a contract and get ripped off(曲を書いて送って/契約にサインして結局は騙される)」と5曲目の「Outside My Window」にあるが、彼自身は世の憂き目に遭い試練も経たと思う。だが語り口は常に恬淡で紆余曲折を感じさせない。本作のバイオ用インタビューで「メジャーに騙されたと思う?」と訊かれてエイロスは「そんなことないよ」と笑って答えている。10年も昔の出来事など「The Miracle Inn」同様、楽しく懐かしい想い出だと言わんばかりに。そんな無欲な人間性に、物欲の権化みたいな自分が感動するのは偽善かもしれない。だが、彼の音楽は筆者にとっては平和のバロメーター。エイロスから恨み辛みの歌が届くようになったらこの世も終わりかなと思う。
「音楽を作れば作るほど周りの評価が気にならなくなる」とも語っていたが、彼にとっては自分以外のことは正に「Outside My Window」なのだろう。自分という家の窓の外で起こっていること。騒々しさに窓越しに様子を伺いはするが基本的に眺めて終わり。その不動の立ち位置は、周囲に左右されてフラフラ揺れてしまう自分にとって一つの道標。迷っても、それを目指せば帰ることができる。そう、振り返ればそこにいる、ふと前を見上げた時にそこある、彼の音楽は懐かしい故郷のような音楽。外野のメディアが非難するように何の革新性も変化もない。でもそれをエイロスに求める?進化や変化すれば良い音楽?そうじゃないでしょう。人類がこの地球に誕生して数千年の時が流れたが、繰り返される歴史が示すように人間の本質はなーんも変わってない。変わらないくせに変化を求める・・・可笑しな話だ。大好きなお母さんが豹変したら誰だって悲しいですよね?自分はエイロスに変化は求めないし、彼が変わらないでいてくれるからこそ彼の音楽をこんなにも愛しいと思うのだ。そして彼が百万回と歌ったこの地球の空と星と海を遠く離れた日本でもこうして愛でられる幸せを噛み締めて、生きていることの感動と感謝で涙を流してしまうのだ。
本作は、最後の「Go Back Soon」で道は全て戻るべきところに続くと締め括る。道の形や長さは人それぞれ。先がどこに続くのか分からなくなってしまうこともあるけど、実はそんなに難しく考える必要はないと諭す。壁にぶち当たった時は、エイロスの声に耳を傾けたい。
「家に帰ろう。周りを見回しても何も見つからないよ。だって、答えは一番近く、自分の中にある」。
聴いてみて下さい。
エイロス・チャイルズ「The Miracle Inn」を脱兎ゲット!
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