ずっと昔、『SPA!』の『バカサイ』だったと思うんだけど、「歳をとるということは、好きなアイドルと野球選手が年下になることである」って格言があったのを憶えている。でも僕ならそこに「大好きなバンドが解散することである」って追加したいね。だってそれは同時に「青春の終わり」でもあると思うから。
今さらだけどロックバンドには「思春期の産物」的要素が強い。
今年37歳の筆者にとって、フリッパーズ・ギターも、ストーン・ローゼスも、サニーデイ・サービスも今はもういない。歳をとったんだなってつくづく思う。
そうなると「自分にはもうウィーザーしかいないんだなあ」としみじみ感じ入る今日この頃なのだ。
いや、新しいのも大好きよ? 去年いちばん聴いたアルバムはアークティック・モンキーズのセカンドだったし、その前年はヘルプ!シー・キャント・スウィムだった。ロック以外にもリアーナがエロくて好きだし、四年前のベストライブはN.E.R.D.だったぐらいだし。
でもまあ何というか。一緒に歩みを進めていくというか、何枚もアルバムを重ねて、紆余曲折を経験したバンドでないと、思い入れというものは深くならない。
初めてウィーザーと出会ったのはロッキング・オンのリヴァースのインタビューだった。『ピンカートン』のパブで、4人並んだメンバー写真に「誰がリヴァースなんだろう?」と思っていた。レコ屋のリスニングで聴いた。一聴した感想は、「こんなもん、どこが新しいんだ」。ヘッドホンを投げ捨てて店を後にした。
それからどのぐらいの時間を必要としたかは思い出せない。自分の中で『グッド・ライフ』や『エル・スコルチョ』の優麗なメロディが頭から離れず、「ちくしょう、まんまとヤラれたぜ」とレジに持って行った。
おそらく、洋楽のアルバムで一番聴き込んだ作品だと思う。ミュージシャン単位で考えるとスミスなのだが、もっとも聴いたアルバムだと『ピンカートン』だろう。なにせ、いま僕が持っている『ピンカートン』は三枚目だ。前の二枚目は擦り切れて鬼飛びするようになったので捨てたほどだから。
友達がいなかったため、バンドを組めなかった僕には、「バンド幻想」のようなものがある。ほぼ同世代ならオアシスもレディヘもいるのに、なぜウィーザーのみを「思春期の産物」と思うのか。自分でも分析してみたが、それはやはり、本来なら吐き気を催すほどの自己中心的で自己憐憫な歌詞でありながら、自分とあまりにも似たような感性を見い出してしまうからだろう。「あのアルバムは自分のことを歌っている」というつもりはない。僕もリヴァースと同じイジメられっこだが、まったくモテないし、ハーバード大はおろか四流大学だし、ましてや天才でもない。
ただただ、あの感情過多の「お願い、僕のことをわかって」という崖っぷちの心情に一方的なアイデンティファイをしてしまうのだ。だから「オレも歌いたい」と思って、ギターを買った。『ピンク・トライアングル』と『バタフライ』だけ、僕は弾いて歌える。いや、曲のほうが、僕に弾いて歌えるようにしてくれたのだ。
以上、「僕がウィーザーに魅かれる理由」でした。
先行シングルの「ブタと豆のごった煮」をYouTubeで見て不安を感じた筆者だが、メンバー勢揃いのジャケットを見た途端、血が騒いだ。『マラドロワ』ほどではないが、捨て曲丸出しで、印象に残らない曲も多い。
しかし何と言っても4曲目の『ハート・ソングス』が素晴らしすぎる。
やればできるじゃん! もっとこういう心情吐露の曲を作りなよ! 思わず膝を打った。この曲、ゴードン・ライトフットやスプリングスティーン、果てはマイケルに因んだ歌詞が多数折り込まれているのだが、中でも特筆すべきは、リヴァースがウィーザーを結成する契機となったことが語られる箇所である。「1991年、あの頃は全然面白くなかった。(中略)ジャケットには裸の赤ん坊がついていた」には何の注釈も入らない。言わずもがなという、日本盤のディレクターの心意気を感じる。
だが、『レッド・アルバム』の最大のクライマックスは日本盤のみに入っているBoAの『メリクリ』の日本語カバーに尽きる。まさにポリスの『Do Do Do De Da Da Da』以来の衝撃。「真剣な冗談」大爆発の、この一曲のためだけに2500円をはたいた甲斐があるというものだ。
日本人の奥さんの影響を受けたところが、今のリヴァースをまんま反映していて微笑ましい。一時は夫人の実家、つまり日本にも滞在していたようだし、多くのリスナーに「リヴァースも普通の生活をしているんだなあ」としみじみさせたのではないか。しかし日本人が英語で歌う曲も、外人が聴いたらこんな感じなのだろうと思うと、素直に笑うことはできないが。
おそらく、今後ファンの間では、『レッド・アルバム』のことは、リヴァースの「人類史上最高の男」宣言のアルバムとしてではなく、「Jポップ開眼」のアルバムとして記憶されるだろう。ちょっと言い過ぎだろうか。
オアシスがこの先いくら頑張っても初期二枚のアルバムを超えることがないように、正直、ウィーザーも初期二枚を超えることはありえない。それでもファンは「またあのときの奇跡をもう一度」と、発売日当日は午前中にレコ屋に走るのだ。
ウィーザーは僕、いや僕たちにとって「最後のロックバンド」だから。
文:樋口毅宏(白夜書房)
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