最初に書いておくと、僕はヒップホップが本当に好きだ。最もフレッシュさを保ち続けている音楽スタイルだと思うし、常に自らを刷新しているジャンルであり、また歳月を経るごとに境界線を推し広げている。ヒップホップのクリエイティヴ面での衰退を指摘する声もあるが、それはたとえば50セントなど、メジャーの売れ線アクトに関しての話。いつだって、アンダーグラウンド・シーンには本物のお宝作品が潜んでいるのだ。とはいえ、様々な作品や多岐にわたるサブ・ジャンルの間を縫って優れたヒップホップにたどりつくのは、沼地の泥を掻き分けて進んだり、地雷原を歩くのと同じくらい容易なことではない。どれだけ「自分はかなりの音楽通だ」と自負していても、いつだって次なるキラーMCや天才プロデューサー、あるいは傑作ビートを生み出す、人知れず成長している小さなシーンが存在する。要するに、ヒップホップというジャンル全般をカヴァーすることなど到底不可能だ、ということになる。
しかし、LEX(かつてWARP傘下だったが、ひとり立ちしてユニークな世界を確立。現在はEMIが配給)からの最新リリースにあたるシェイプ・オブ・ブロード・マインズのこの作品には、その3つ――優れたMC、プロデューサー、ビート・マスターピース――のすべてが含まれている。オールドスクールの遺産を引き継ぎつつ、プログレッシヴなラップがこれから進むべき道も指し示している、これはいわば、ヒップホップ・ネーションからの一般教書のような作品と言えるだろう。
フロントマンにしてビート・クリエイター、なんでもこなす「一人アイデア発電機」であるジュネイロ・ジャネルは、この作品でレトロ・フューチャーなラウンジ風サイケデリック未来絵巻を作り出してみせた。彼はこれまでもドクター・フー・ダット?名義でLEXを通じてインスト作品をリリースしており、そこではMFドゥームの十八番である、ラフでダラ~っとしたミックス・テープのノリを出していた。このアルバムにも、もうちょっと磨き込まれてはいるもののあのインスト作品の感触は幾分感じられるが、この作品を理解するにはまずは彼の前作である「Three Piece Puzzle」に遡るのが妥当だと思う。あのアルバムの「Chasing Comets」、「Big Bouncy Theory」、「Nasa」といったスペイシーなアブストラクト・チューンが、本作の大まかな青写真を引いたと言えるし、その青写真にチタンでコーティングされた強化ビートを放り込み、大胆なサンプリングやジャンルをごた混ぜにした時のあのぶっ飛び感、次々に変化する多層性・・・といったアウトキャストの「スタンコニア」型サイケデリアを付け加えることで、「Craft~」は成り立っている。もちろんそんな風に簡単に要約することのできないくらい緻密なレコードではあるけれど、最低5回は聴いてみると、何層にも重ねられた色彩が徐々に立ち現れてくるはずだ。
非常に一貫性のある作品ではあるが、収録曲の中でも宇宙度の高いトラックが特に光っている。この世のものとは思えないヴォーカルが、形を変えながら成層圏にリーチするような「Changes」、「Buddafly Away」の真空でもがくような緊張感はこの曲を本作のハイライト・トラックのひとつにしているし、「Electric Blue」でのくねくねスマートに地を這うようなベースは、いきなり飛び出すスペイシーなエフェクトで天高く打ち上げられる。ラップそのものが作品全体の流れを牛耳ることはなく、エルPやカニバル・オックス、あるいはダレックのように、あくまで全体の中に溶け込んでいるが、彼らほどぶっきらぼうでも烈しくもないためだろう、むしろ弾むようなそのフロウが、この作品を踊れるアルバムとして成り立たせている。
現在のストーンズ・スロウ勢との共通点は見出しやすいし、この作品はディガブル・プラネッツがやろうとしていたフューチャー・ジャズ・サウンド、あるいはトライブ・コールド・クウェストにまで遡ることができる(Qティップも、この作品にゲスト参加する可能性があったという)。そうした分かりやすい引用、あるいはヒップホップの優れた遺産に対する目配せこそあるものの、ジュネイロは彼自身のスタイルをきちんと掴んでもいる。このアルバムを聴き終わる頃までには、この作品はもしかしたら「3Feet High And Rising」の21世紀からの回答かもしれない・・・?という気にさえなるだろう。それ自体がすごい誉め言葉だけど。
というわけで、LEXのがんばりは讃えるべきだろう。彼らはこの手の一筋縄では行かないヒップホップをプッシュし続けている男気のあるレーベルだし、型押し加工された、闇に光る(夜光塗料で描かれている)凝ったこのアート・ワークだけでも充分に評価に値する(ブーム・ビップの「Seed To The Sun」、デンジャードゥーム「Mouse And The Mask」に匹敵する出来!)。とはいえ、この知的で聴き手も頭を使うことを余儀なくされる作品が、50セントのアルバムを買ってとりあえずニュー・トレンドを漁ろうとするだけのにわかヒップホップ・ファンを振り向かせるようなことが、そうそう簡単に起きることはないとも分かっている。しかし、ヒップホップという宇宙の過去と未来の分かれ目に聴き手が立たされている今、この作品は近年を代表するヒップホップの名盤であり、金字塔になる作品だと思う。次のアルバムはこれ以上に優れたものになるだろうし、ぶっ飛んだセンスの持ち主であるジュネイロ自身某誌のインタヴューで語っていたように、彼はもう「この作品を後にして前に進んでいる」。というわけで、何はともあれこの美しいレコードをゲットしてほしい。
シェイプ・オブ・ブロード・マインズの「Craft Of The Lost Art」を脱兎ゲット!
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