カヴァーズ・レコード第2弾にして最新作「Jukebox」発売直後に行なわれたこのギグ(今回はフルUKツアーではなくロンドン公演のみ)、チケットは昨年中にソールド・アウトと「The Greatest」以降オーヴァーグラウンド化したキャット・パワー人気はまだ伸び続けている(この日のライヴも場内ぎっちりでロクなライヴ写真が撮れなかったんで外観フォトでごまかします)。ジャケットに映るショーンの美麗ポートレートも今まで以上にファッショナブル&エッジーだし、「Moon Pix」と同じ女の子と言われてもちょっと信じがたいよな・・・などと思いつつ会場に向かったのだが、イメージは洗練されアーバンに磨き上げられ、またパフォーマンスも力強くなったとはいえ、キャット・パワーのエニグマティックな中身は本質的に変わっていなかった。
前座は男女デュオAppaloosa。ショーンのお気に入りでフロント・アクトに起用されたらしいが、無機質なエレ・ポップをバックにアンニュイな女の子ヴォーカル(フランス人)がフォーキィ・メロを歌うというコンセプトは・・・たぶんタバコの煙が壁にしみついたパリのクラブやキャットウォーク、東京のオシャレでアーティなアングラ・サロンみたいなシチュエーションだったらハマるのだろう。しかし、モデル系の美少女(たぶんバンドのお友達なんだろう)が演奏中突如登場しステージ端に座り込んでシャボン玉をプカプカ吹かす場面など、ロンドンの(基本ロックな)オーディエンスの目には「もったいぶり/キザなかっこつけ」にしか映らなかったんじゃないだろうか? レコードで聴くにはOKな音ながら、ライヴはまだおままごと。たとえ演奏がへたくそでもアレンジがシンプルでも、心は込めてくれないと盛り下がるってもんでしょう。プレイしてる相手はスタジオの壁でもマイクでもなく、生きてる人間なんだから。
対するメイン・アクト=キャット・パワーは、相変らず天然ぶり炸裂でいい意味でも悪い意味でも人間くさかった。ヒゲがかっこいいジュダ・バウアー(ブルース・エクスプロージョン)、グレッグ・フォアマン(元デルタ72)、ジム・ホワイト(ダーティー・スリー)、エリック・パパラッツィから成るダーティ・デルタ・ブルースがまず現れ、ブルージィなインスト・ジャムに10分ほど揺られた後、ステージに駆け足で元気いっぱい飛び込んできたショーンに喝采と「We Love You!」の歓声が送られる(花束を渡そうとファンが前方に詰め掛けるのは、近頃では彼女とモリッシーくらいでは?)。メンズ仕立てのシャツ&ブラック・デニムにベスト、カール・ラガーフェルド風手袋と黒ずくめに颯爽としたポニー・テイル姿は少年のようで、贅肉の落ちたスレンダー・ボディにぴったりだ。ジュダとジムが引っ張っていた感のある演奏は約半年前に観た時よりこなれており、「Don't Explain」から始まったセット(演奏曲目のほとんどは過去2作から採られていた)はハモンド・オルガン、渋いギターのトーンで会場をアメリカ南部の薄暗いブルース・バーに変貌させていく。
観ているこっちが辛くなるほどのかつての舞台恐怖症ぶりはすっかり姿を消したものの、やはりショーンの立ち居振る舞いは目を引く。ライヴの後半で照明スタッフに「もっと暗くして!」と苛立たしげに指示を出していたけれど、ステージ上を休むことなく踊るように動き回り、笑顔を振りまいたかと思えばスポット・ライトからすり抜け、時にステージ袖に引っ込んで隠れてしまうショーンはまるで注視を嫌い逃げまどう野生動物のよう。その予測不可能な動き・奔放さはチャーミングなんだが、ややもすると集中力に欠けるパフォーマンスに陥りがちだったのは残念。ベス・ギボンズの情念を彷彿させる歌声にゾクッとさせられる「Ramblin' (Wo)man」、「Metal Heart」(オリジナルに較べロックなアレンジ)と優れた曲が続いたのに演奏が徐々にフラットになっていったのは、普通ステージの中核を成しパフォーマンス全体を仕切るシンガーに求心力が薄いからだろう。
もちろんショーンの声に宿るミステリアスな陰りは魅力的で、悲哀が滲む「Lost Someone」やボブ・ディラン風「Song To Bobby」などで聴かせる天性のフレージング/エモーショナルなヴァイブは右に並ぶ者がない。と同時に彼女の声はDDBの繰り出すスライド・ギターのシャープな叫びやロッキン・ソウルなオルガンに埋もれてしまうことすらある繊細なものであって、盤はともかくライヴでそのバランスを上手く取り、カリスマティックなヴォーカル・パフォーマンスに収斂させてくにはかなりのリハーサルと場数が必要になってくる。今後のツアーでその面は改善されていくだろうが、この日はまだバンドとショーンが噛み合っていなかった。途中で唐突にセット・リストを丸めて紙くずのように客席に放り投げてしまい(バンドの面々は困り顔)、タバコに気を取られてキューを逃す姿は思う通りに事が運ばない気まずさをごまかそうとする子供のようでもあって、「サイコー、サイコー!」のおどけた日本語MCが妙に空回りして切なかった。
バンドを自らの歌でリードするような力強い歌い手に憧れながら、まだ本人が吹っ切れていないというか、迷いや自信の欠如がぶり返してしまうんだろうか。以前のキャット・パワーからすれば別人のようにしっかりしたパフォーマンスを展開しているのはいちファンとして嬉しいし、その大いなる意識改革/自己変革ぶりは評価すべきもの。しかしメンフィスのベテラン・ミュージシャン(祖父くらいの年齢差)に庇護されていたごとき「The Greatest」収録曲の「Could We」「The Moon」といった楽曲の穏やかさの方が光っていたのは、まだ彼女自身パフォーマーとして過渡期にあるからだろう。その揺らぎを含めてキャット・パワーだから・・・と愛でる熱狂的ファンももちろん沢山いるが、少なくとも今のイギリスにおける彼女の人気の広がりを考えると「プロとしての」パフォーマンスをシビアにジャッジされても仕方ないと思う。それを受けて立つのも、とらえどころなく逃げ回り続けるのも彼女次第。類い稀な感性と歌声の持ち主だけに前者であってほしいし、女性アーティストには珍しいドリフターであり旅人だからこそ歌える哀切な世界との両立を達成していってほしいなと思った。
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