虹色のビーチ・サイケデリック・ポップがたまらなく麗しいデビュー・フル・アルバム「Oracular Spectacular」でデヴェンドラも顔負けのネオ・ヒッピー・ヴァイブを撒き散らし、イギリスでもみるみるうちに火が着いてきたブルックリンの新星MGMT(マネージメント)。ローリング・ストーン誌の先行プッシュが効いたのか(?)大手チェーン店でも珍しくUS輸入盤の時点で面出し扱いされていたし、今回のロンドン公演もNME紙のビデオ・チャートで首位に立った〝08サマー・アンセム化必至〟の超名曲「Time To Pretend」シングル・リリース直後というどんぴしゃなタイミングで行なわれた。共同プロデューサー=デイヴ・フリッドマンの手腕もばっちりハマったデビュー作は70年代ロックのモダナイズからディスコ・ファンクまで飲み込んだスペイシーかつぶっ飛んだ名曲揃いだし、そのエキセントリック&トライバルなヴィジュアルと相まってキワモノ的なインパクトが先行している嫌いもある。しかしロック・スター・ライフの虚しさを綴った「Time To~」のアイロニックでユーモラスな歌詞に顕著なように、実はアンチ物質主義、ラヴ&ピース&アンダースタンディング万歳といった「まっとうな基本」を信じたい/だが悲しいかな今60~50代のリアル・タイム・ヒッピーズほどナイーヴな理想主義者にはなりきれないよ~・・・という遅れてきた世代&都会育ちならではのひねくれた感性を持つバンドだからこそ、あえて直球ではなく変化球にもなってしまうのだろう。そのいい意味での青さと朱に交われない正直な逡巡(とても好感が持てます)は、この日のライヴでも顔を出していた。
どこの原住民?と目を奪う印象的なジャケ写や極彩色PVでもおなじみベン(キーボード3台を操る。ケヴィン・ローランドにちょい似)とアンドリュー(Vo+G)の中核2名にバック3人が加わっての5人編成で始まったライヴは、盤よりギターを前面に押し出したサウンドで予想以上にストレートに発進。ペダル多すぎ!なギター2本の、特にアンドリューのレス・ポール・サウンドはクラシック・ロックのノリがあり、若い頃のボウイ(「ハンキー・ドリー」「ジギー・スターダスト」あたり)を思わせる彼のアクの強い歌い回しの背景をベンがカラフルなキーボード・サウンドで彩ることでユニークなレトロ・フューチャー世界に一気に突入です(この時点で筆者は早くもニコニコ)。グリッターなフォークという70年代味はこのバンドの根幹で、T-レックス的シンプリシティをクライマックスまで積み上げていった「The Handshake」、ライヴならではのエネルギッシュな長尺ジャム(「星空のドライヴ」、あるいはホークウィンド?)にピュンピュン拡張していく「Future Reflections」~「4th Dimention~」まで聴いた時点でこのバンドに〝チルドレン・オブ・ヘボリューション〟(どこか脱臼してるので「ヘボ」ってことで)の称号を捧げることを勝手に決定。その音楽的な方向性も含め、やはり初期フレーミング・リップスのやんちゃでフリーキーな姿がだぶります。
とはいえほぼ弾き語りに近いボラン~ストーンズ的「Pieces of What」は哀感とポップさが同居する優れたメロディ・センスを浮き彫りにして感動的だったし、虚空に目を据えロマンを歌い上げるアンドリュー(女の子みたいに可愛い人ですね)のカリスマティックな佇まいはさしずめうっかり地上に落ちてきた星の王子様。エレクトリックな痺れ+ファルセットでフロアをあやかしのスペース・インベーダー・ディスコに塗り替え、重いハード・ロック・サウンドもこなす柔軟さ~可変性には彼らがレトロなだけではなくジャスティスやクラクソンズとも同じ空気をしっかり吸っているのを感じた。様子見なノリだった客もさすがに「Time~」が吹き上げる無条件に至福なリフとビート・バブルには気持ち良さそうに身を委ね揺れていたし、エモーショナルな♪Together~のコーラスが余韻を残すアンコール「The Youth」の後ステージを去り際観客に向かってピース・サインを決めるメンバーに「さすがヒッピー!」という嬉しそうな声も周囲から漏れ聞こえてきた(お客の中にはヘッド・バンド巻いたネオ・ヒッピー風も既にちらほら)。
止まない喝采の中バンドが再び登場、ドラマーとポジションをスワップしアンドリューがビートを刻みながら始まった「Kids」。ベンも演奏をループに切り替えマイクを手にしてのフリースタイル風プチ・カオスに発展、酔っ払ってカラオケ・バーで盛り上がってるキッズさながらな(笑)メンバーのエンジョイぶりは最高に微笑ましかったけれど、不思議なことにこのフィナーレでやっとMGMTがほぐれてくれたように思えた。レコードで聴かせる作りこんだ錬金術サウンドと奥行きを、彼らは忠実に再現するのではなくバンドの生音に移し替えようとしている。だったらもっと流動的かつダイナミックになってもいいはずだが、現時点での彼らはまだ固さが目立つ。核のふたりとバックの3人の演奏がまだ充分溶け合っていないし、エネルギッシュなドラマーのプレイを筆頭に規格をハミ出すエネルギーも時折り噴出するものの、お互い遠慮し合って一歩譲るようなところすらあった。若いね。いわゆる「フロント・マン」であるアンドリューは、2回目のアンコールでミッシェル・ポルナレフ的ビッグ・サングラスをかけビールを片手に登場した。勢いに乗らないとはじけられないシャイな人なのかもしれないし(そこはすごく共感します)、スポット・ライトを浴びるロック・スター=偶像化することにそもそも抵抗があるのかもしれない。しかし渦巻く巻き毛とシェードの背後に隠れて見えない表情は、一抹の物足りなさを感じさせるものでもあった。
たとえ非現実的でおバカと笑われるアイデアでも、100%の確信と共に提示されることで人々の心は常識の枷から解放され動き出す。フレーミング・リップスのウェイン・コインが放つ法外なポジティヴィティがそのいい例だけど、サイケデリック・ポップの多くは実は「信じる者は救われる」的シニシズムの排除(=踊る阿呆に見る阿呆ともいう)から成り立っていると思う。リップスのコンサートに知人を引っ張っていくと、頭が良くシニカルな輩ほど「仕掛けばっかでライヴっぽくないし、音程が外れてる!(怒)」とか的外れな指摘をしてくる。ウェインが上手い歌手でも優れたギター・プレイヤーでもないのはみんな承知してますって・・・。ただ、そんな不完全な人間が誠心誠意・人海戦術でイマジネーションを具現化してくれるのを目の当たりにするとバカで熱血漢な筆者はやはり感動せずにいられないし、人間にはまだまだやれることあるじゃんなんて至極単純に思ってしまう。単細胞な自分、あるいは子供でも分かる一種道化なレベルにリップスが立てるのは、彼らが年齢・人種・性差といった様々なバリアを越えるヒューマンな普遍とオーディエンスの性善を信じ、まず自らのガードを下ろしているからだろう。その開き直りの域に今後ライヴの場数をこなすことでMGMTも達してくれるはずだし(以前素っ裸でライヴをやったくらいだからできるはず!)、メッセージをてらいなく正面から打ち出すことでよりギャラクティックなライヴ空間を生み出すだけのポテンシャルはちゃんと持ってる。だって曲もサウンドもあれだけ魅力的なんだもん、そのパワーを作り手自身が信じてあげなきゃもったいないよね?私は君達の魔法を信じるよ。
Set List
Weekend Wars
The Handshake
Future Reflections
4th Dimentional Transition
Pieces of What
Electric Feel
Metanoia
Time To Pretend
Of Moons…
(encore)
The Youth
Kids
MGMT「OracularSpectacular」を脱兎チェック!
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