美しい冬という意味のフランス語Bon Hiverをもじったというボン・イヴァー。その名の通り、いつの間にか朝の庭に下りていた霜柱のように繊細・かつ静けさが狂おしい冬の夜空のように深く、美しいショウだった。もっともその感動は、会場のせいもあったかもしれない。ロンドンの繁華街トッテナム・コート・ロードの喧騒から目と鼻の先にある・・・とは信じがたい美しい神の家=St Giles In The Fields。特に信心深い人間ではないものの、ステンド・グラスの鈍い光彩、整然と並ぶマホガニーのベンチ、祭壇を飾る燭台、ひんやりした石の床に迎えられるとやはり俗世のしがらみ・淀みからいっとき解放されるような気分になる。これまで経験してきた教会ギグはすべて音響を大事にし非日常的な空間を生み出すことを重視するアーティストばかりだったけれど(スパークルホース、マーク・コズレク、アーケード・ファイア他)、ボン・イヴァーことジャスティン・ヴァーノンの織り成すエモーショナルな熾火もまた、筆者の心に贅沢な音楽の喜びと興奮の灯りをもたらしてくれた。
このソールド・アウト・ギグのチケットを発売と同時にゲットしたもうひとつの理由は、前座として登場したオークランド発(アラスカ経由)ポート・オブライエンを初体験できるからでもあった。男女2名を中核とする彼らは、自主EPをコンパイルした「The Wind And The Swell」(07年)に流れる無邪気さとやるせない詫び寂び――ニール・ヤング、ペイヴメント、グランダディを思わせる――の自然な共存に魅了されて以来生で観れるのを楽しみにしていたユニット。ブリリアントなファースト・フル・アルバム「All We Could Do Was Sing」の英国リリースは2ヶ月先の8月(※日本盤は絶賛発売中!手前味噌ながらライナー・ノーツも担当させていただきました)・・・ということもあり観客の9割は正直「誰だろう?(様子見しちゃお)」っぽかったものの(アンド、4割くらいはボン・イヴァー登場まで外で時間つぶししていた模様)、計5人のメンバー全員椅子に座ったままというCSN&Yばりにアコースティックなセットのオープニング「Don‘t Take My Advice」のひなびたメロディが流れ出した途端、あうーっ不覚にも涙腺がゆるんでしまった。
長い巻き毛に白いストラップ・ドレス+赤いカーディガン(ジュリエット・ビノシュやオドレイ・トトゥっぽいフランス人的コケットリーが激かわいいよ~)姿でひたむきにバンジョーを紡ぐ紅一点=カンブリア、今風ネオ・フォーカー的ダンディさを醸しつつ足元はサンダルというケイレブ(B)を始めとする他のメンバーもレイドバックしていていい感じだったが、なんと言っても目を釘付けにされたのはヴォーカル/ギターのヴァン!カート・コバーンを思わせるブロンドの髪型とがっしりした体躯が印象的な彼は、足で太いビートをバシバシ踏みながら振り絞るように歌声を繰り出し、ミドルのコーラスをがんがん盛り上げていくEMO男(Emotiveという意味ね)。たちまちほっペは真っ赤&みるみる汗だくになっていくそのプレイは、リラックスしたバンドのムードの中でひとりだけ妙に突出して熱いとも言える。しかし2曲目「A Bird Flies By」や「Fisherman’s Son」での計算や見てくれが完全に欠落した裸の熱唱――というか、この人の場合は抑え押えようもなく思いが噴き出してしまうのだろう――はどんなに寝ボケた聴き手でも引きずり込まずにいられない鬼気迫るオーラを放っていたし、彼らのひたむきな演奏とピュアな人柄に向ける喝采が、ふんふん腕組みしながら聴いていたオーディエンスの中に1曲ごとに増していったのはやはり嬉しかった。やっとカンブリアのハーモニー・コーラスも活きてきた(これはPAのせいですが。ベースも割れてたなあ。ちと残念)「Stuck On A Boat」でのリリシズムは盤以上に胸にしみたし、ラストは彼らのシグネチャー・ソングとも言える(待ってました!)「I Woke Up Today」。基本的にメランコリックなトーンの楽曲を得意とする彼らだが、グルーヴィなビートと流麗なリフ、開放的で若々しいシャウトに彩られたこのシンプルなトラックはたとえばクラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤーやアーケード・ファイアにも通じる共有感覚を即座に作り出すポップでやんちゃな名曲。先日電話インタヴューした際にヴァンが話していた「あの曲は、最近はお客さんに鍋やキッチン道具を渡して演奏に参加してもらってるんだよ」とのユーモラスな場面はさすがに現出しなかったものの、オーディエンスに「アーーアアーア・アーアーアー!」のコーラス・シンガロングを促し(みんな恥ずかしがって?ややしょぼい声しか返ってこなかったのに、「最高最高!いいねいいね!」を盛んに連発する彼のポジティヴ教師のような雰囲気/もしかしたら緊張の裏返しだったのかもしれませんが/に、誰もがつい微笑んでいた)、ほのぼのハッピーな大団円だった。スケジュールが押して短いセットだったのは残念だったけれど、次回はエレクトリックでじっくり観たいものです。
メインのボン・イヴァー開演の頃までにはベンチは満席。座れないオーディエンスは後方にギュウギュウ立ちんぼで、2階バルコニーもいっぱいだ。これだけ地味~な音楽性の渋いアメリカーナ系アーティストがミニ・トレンドになり得るのは日本人からするとある種驚きだが、あてがい扶持な現状に飽き足らない貪欲な音楽好きキッズだけではなくUncutやMOJO誌による真摯なプッシュ/名盤太鼓判!がオヤジ層までちゃんと取り込めているイギリスのこの状況は羨ましくもある。と同時に、以前知人がいみじくも「ボン・イヴァーって、気持ちよすぎて一歩間違うとデヴィッド・グレイじゃない?」と評したようにジェントル&内省的な70年代ロック・ファンが結集しての「AORインディ」化の危惧も生まれてくるし、実際今年のATPでのボン・イヴァーのショウはエンジョイしたものの、鳥肌が立つほど圧倒される・・・までには至らなかった。
しかし5月とまったく同じラインナップ(ミニマルなドラム、ギターを伴う3人編成)でありながら、今回はマジにやられました!シンと静まり返った場内を滔々と満たしていく、ジャスティン・ヴァーノンの哀感あふれるファルセット気味な高音(でもこの人、普段しゃべる時は嗄れ気味の渋いバリトン。イギリス人相手では不発必至の野球ジョークを、それでも繰り出すところも大らかでアメリカ人っぽい)。そのスピリチュアルなトーン&コーラス・ワークはあたかも森林に吸い込まれる頌歌のようにデリケートで切なく、名曲「Flume」やソロでプレイされた「re:Stacks」は場の空気を孤独の灰色に塗り替えていった。
だが今回目を見張らされたのが、彼のギターの腕前。アコギも含め4本(ホロー・ボディのスティール・ギターやレスポール)を使い分けていたのだけれど、エレクトリックのアヴァンギャルドな不協和音からミニマルな反復による「Sister Ray」的音場まで、アルバムで聴く以上に流動的かつグラデーションに富んだ音作りはシガー・ロスやGSYBE!を思い起こすほど(木枯らしに舞い踊る枯葉のようなギター・ワークに酔わされた「Blindsided」、ジョン・フェイヒィ的カントリー・フォークなイントロからクラウト・ロックに飛翔する「Creature Fear」が特にすさまじかった)。ウィスコンシンの山小屋にひとりこもり、恋人との別離を悼みつつファースト「For Emma,Forever Ago」をレコーディングした・・・という逸話からこの人を新手のハートブロークン詩人と捉えるのは簡単だし、実際ため息のように吐き出される歌声にその影は残っている。だが観客とのコール&レスポンスを援用しつつ教会の高い天井にまで届けとリヴァーブの炎が燃え盛った「The Wolves」(=筆者の個人的ハイライト)のめくるめくエネルギーに飲み込まれた時、彼のバックグラウンドには脆弱なフォーク野郎とは一線を隠すもっと逞しく太い何か――たとえばハード・ロックやプログレのギター美学やワーキング・クラス・ロック的ガッツといった、若いミュージシャンには「ダサい」と疎まれそうな要素――がびっちり根を張っていて、だからこそ多層な音空間をクリエイトできるのではないかと感じた。
彼が卓越したギター・マエストロである点は明瞭だったが、バックのふたりもその音場を的確にサポートしていて素晴らしい。たとえば耳を刺す硬質なビートが浮遊するメロディの中に緊張感の矢を放つ「Skinny Love」には息を呑まされたし、かと思えばどこまでも透明なスネアの響きでメランコリーを募らせていく場面も。緻密なインタープレイからベース風グルーヴまで弾きこなすギター・プレイヤーとジャスティンの息の合い方には、思わず「ほーっ」と嘆息が漏れてしまった。
ステージを降り、オーディエンスの間に立って3人が素朴なア・カペラ(マイクなし)で聴かせた「For Emma」のひたぶる美しさ――その真性なクラフツマンシップに対し観客も素直に熱狂と興奮、リスペクトのリアクションを投げ返していたし、今回の欧州ツアーの成功とファンのサポートを心底感謝するメンバーの誠意あふれる姿と相まって、(聴き手がハイプに流されることも、あるいはバンド側が期待に応えることなくポテンシャルを出し切れなかった・・・ということもない)実にバランスのとれた気持ちのいいライヴだった。ジャスティン本人は「時間がなくて新曲をリハーサルする余裕がないんだ」とファースト・アルバム曲のみだったセット・リストに申し訳なさそうだったが、9月に決定しているUKツアーまでにアルバムの楽曲はもっと血肉と密度を増し、より大きな感動で聴き手を包むようになるだろう。その静かに揺さぶられるようなショックに、今年これまでに観た中で5本指に入るベスト・ギグとの思いが沸きあがってきたのだった。
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