In Betweens
筆者が今回のATPに行く決意(・・・ってほどのもんじゃないけど、フェスはフェスなわけで、イコール音楽漬けのLOST WEEKENDになる覚悟は決めないとね)を固めることになった最大の要因のひとつ(他のお目当ては、グラインダーマンのデビュー・ギグとメアリー・マーガレット・オハラ)が、このジ・オンリー・ワンズ26年ぶり:オリジナル・ラインナップによる再結成ギグだった。一応説明しておくと、ジ・オンリー・ワンズは76年から81年まで活動したバンドで、パンク期英国に登場しながら60年代に片足突っ込んでた、悲しくも素敵なミスフィッツだったりします。出番は、初日メイン・ステージのトップ出演――と言うのは一見ナイスなポジショニングだけど、これからの3日間を飲んだくれて過ごそうとしているやんちゃな典型的ATPキッズ(=ヤング&ステューピッドなインディ好きヒップスター+マニアックなオタク)にしてみれば、彼らは「(会場到着が間に合わなかったら)スルーしてもいいか~」的ロートルな存在なのだろう、もはや。
がしかし、このATPで彼らのパフォーマンスをみすみす見逃した人間は、何かを見誤っていると断言できるほど、あまりに感動的かつ、根源的なロックンロール・オープニング・ショットだった。自分がジ・オンリー・ワンズの大ファンであり、それゆえ相当バイアスがかかっているのは承知の上で――かつ、死ぬほど余計なお世話であると(自分でも嫌になるくらい)分かっているが――それでも敢えて書こうと思う。あのライヴを観て何も感じなかったとしたら、たぶんその人間は、どれだけロックを愛していたとしても、ロックが「必要」な人間ではないんだろう、と。別に、どっちが偉いわけでも、またどっちが正しいわけでもない。たぶん、純粋に対象として愛でる方が、アンバランスな思い入れやお門違いの依存を勝手に注ぎ込むより、よっぽどヘルシーなんだろう。たぶんね。でも、ルー・リードの歌声やテレヴィジョン、ビッグ・スター、ザ・セインツ、ルースターズ、リプレイスメンツ、エリオット・スミスらの音楽を聴くたび感じる、あのどうしようもないやるせなさをジ・オンリー・ワンズからも受け取ってしまう自分は否定できないのだから、仕方ない。
そんな「悲しきロック中毒者」が結集したステージ前方は、年季の入ったオールドスクール・ファンがほとんど。開演予定時間は軽く40分オーバー、「ピーター・ペレット(=シンガー/メイン・ソングライター)がODでも起こしたのでは?」と(あまりシャレになってない)シャレを友人と交わしつつ待ちに待ち続け・・・黒い幕が背景に垂れ下がるステージ(今回のATPのカラー・スキームは、リスト・バンドから何から基本はゴスっ黒でした)にやっと登場したメンバーに拍手を送りつつ、でも誰もが待っていたのは・・・ピーター! しかし、最後に現れたサングラス姿が視界に入った瞬間、みんなギョッと引きまくり!という光景が現出した――それくらい、ピーター・ペレットの痩せ細り方と佇まいは痛々しかった。現在(恐らく)50代半ばのはずだが、ドラッグの残酷な爪跡を目の当たりにさせられてショックだったし、ヴィニ・ライリーすら健康優良児に思えてくるその姿に、「骨と皮」「サイズ・ゼロ」といった形容句を誰かに対して実際に使わなければいけない苦痛が、一気に去来する。先だって英音楽誌に掲載された彼のインタヴューを読んで、またクスリに戻ってしまった(バンドを始める前に売人だったこともあり、この人は長年中毒と闘ってきた)らしいと承知してはいた。でも、10年以上前に新宿で観た時(ジ・ワン来日公演)も、あそこまでひどくなかった・・・。
が、動揺を隠し切れないオーディエンスを尻目に始まった演奏は、驚異的にソリッドだった。ピーター・ペレットはパンク・ロッカーではなく、本質的に「遅れてきたヒッピー」であり、ボブ・ディランやルー・リードをルーツに持つオールド・スクールなシンガー・ソングライター。ギミックなしのシンプルなロックンロール=メロディの良さとツボを押さえたギター・アレンジという2本柱がしっかりしているだけに今聴いても古さはないし(パブ・ロックに近いと筆者は思っています)、メンバー全員50代半ば~後半という高齢にも拘らず、息の合い方はやはり昔とった杵柄。ほんと、イギリスでもっともテレヴィジョンに近いことをやってたバンドがジ・オンリー・ワンズだったんだなーと再確認させられた。トム・ヴァーライン~デイヴィッド・ギルモア系の美しいソロをがんがん繰り出す職人=ジョン・ペリー(G)も何気にすごかったが(恰幅の良さは明らかにヴァーラインではなくギルモアでしたが)、ピーターのあのかなり風変わりな声が、ハリ、ピッチともにまったく衰えていないのが一番感動的だった。うっかり歳をとってしまった、だけど心は今でもすぐネヴァーランドに飛んでいける――そんな、ピーター・パンみたいな人。物悲しく、滑稽で、でもいとおしい姿を観ていて、初めのうちは「ピーター、まじにやばいんじゃないか」「今にもぶっ倒れそうだぞ」というハラハラ見守っていた観客も、Whole of The Law、Lovers of Todayの連打が決まったあたりで火が着き、やせっぽちな自己蔑視人間の永遠のアンセム=Why Don’t You Kill Yourselfで歓喜の笑顔と合唱が弾ける。ハイハイ、負け犬達の遠吠えと、笑われても構いませんよ~。
シングル曲や代表曲をほぼ網羅したセットは、約1時間で終了。一瞬のダレもなく走り切ってみせたピーター・ペレットへの喝采はしばし鳴り止まなかった。昨年イギリスで携帯電話のCMソング(!)に使われ人気を博したAnother Girl,Another Planetも躊躇なくプレイしてくれたし(たまにヒット曲を敢えて外しちゃう人もいるので、もしかしたら演らないかも?と危ぶんでいました。良かった♪)、この再結成もまた、80年代ブームとリヴァイヴァル・ヒットにあやかった便乗ビジネスのひとつ・・・なのかもしれない(実際、ATP後もいくつかのライヴ~フェス出演が決定している)。だが、それ以上に大きな理由として胸に迫ってきたのは、「今再結成しておかないと、このメンバーでプレイできる機会はあまり残っていないんだろうな」という一種の危機感だった。Caught between right and wrong/Tell me is there no escapingという20年近く前に書かれたフレーズなど、今のピーター・ペレットの状態を如実に物語るような歌の数々を聴きながら、その予言性には寒気すら覚えたし、この日のライヴは(縁起でもないが)、白鳥の歌のように思えてならなかった。
もっとも、ガリガリではあってもピーター・ペレットは声もプレイもシャープだったし(腕の筋肉なんか、ミック・ジャガーみたいに引き締まってた)、バンドも錆びついていなかった。これを機にオリジナル新作をレコーディングできるくらい、彼らの中でクリエイティヴィティが再燃しているのかもしれないし、この26年を「生き延び」てみせたんだから、次の26年もピーターはやりおおせるかも、という楽観的な希望も抱いている。だとしても、この人は最後まで栄光とは無縁のカルト・ロッカーとして瀬戸際に立ち続け、その破滅的な生き様に殉じてしまうのだろうな、と思うと涙がこぼれた。確信犯型自己破滅ロッカーを、その危険さやデカダンなロマン性ゆえに闇雲に賞賛するつもりはさらさらない。だが、名声を切り売りしながらドラッグで才能をすり減らせ、ナルシシズムと戯れているように見える今のピート・ドハティ(彼もジ・オンリー・ワンズのファンで、ピーター・ペレットと共作したことがある)が、26年後にこんなにいいライヴをやれるとは、自分には思えなかった。同じピーターでも、片方は自分を本当に捨て切るだけの肝が据わっていて、片方はまだ自己愛と世俗の狭間、「善」と「悪」の間でふらふら揺れている甘ちゃんだ、ということ。どちらもニヒルだが、虚無を突き詰めることでそれを乗り越え、最後に何かを掴むのは、泥を噛む勇気のある前者じゃないだろうか。
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