遠い声・遠い部屋
シガー・ロスで知られる英インディペンデント・レーベルの雄FATCATに見出されたニューカマー、グラスゴー近郊出身の4人組ザ・トワイライト・サッド。結成は2003年とちょっと遡るが、音楽性の模索・深化期間を経て2年前FATCATに送ったデモが認められ、アルバム「Fourteen Autumns & Fifteen Winters」でフル・デビューを飾ったばかりの彼らは、80Sネオ・サイケ的ギター・サウンド(カメレオンズ、エコー・アンド・ザ・バニーメンなど)にシューゲイザーのダイナミズムを組み込んだ思春期衝動に満ちたその音空間により、マイ・レイテスト・ノヴェル、ザ・フライトゥンド・ラビットらと共にグラスゴー新波の一角を成す存在と目されるようになっている。
というわけで一足先にアメリカで発売され、「ネオ・ゲイザーの注目株!」と音楽ファンから熱い視線を浴びている同アルバムUKリリースに先駆けて行われたロンドン公演のひとつに行って来たのだが、①音響のしょぼさ②前座スポット(この夜のヘッドラインは元CLORのバリーによる新ユニットLORD BARRINGTONEで、そちら目当てのオーディエンスが圧倒的に多かった)③小さなヴェニューゆえの騒音(客の話し声の方が、ヘタしたら大きい)と、ライヴ条件としてはタフ。黙々とセッティングを進めるメンバーもちょっと疲れ気味(?)で、「大丈夫か」と不安になる。
しかし、そんな不安は1曲目「Maped By What Sorrounded Them」で吹き飛んでしまった。闇雲なまでに爆音なドラミング(→すぐ顔が真っ赤になるところが、スコッツらしくて可愛い)と屈強なジョイ・ディヴィジョン型ベース・ラインは盤以上にダイナミックに響くし、エフェクター・ペダル6個(→モグワイ以降、グラスゴー・バンドにこれくらいは標準数?ちなみに、「Walking For Two Hours」ではボトル・ネックを使ってました)を駆使した白銀のギター・トレモロにフロアの温度が一気に5度下がっていく。だが、場内の視線を一身に集めていたのはシンガー=ジェイムズ・グレアムの一挙一動だった。
アメリカのあるブログ・サイトで「彼はイアン・カーティスだ!」というコメントを読んでいたし、思春期の蹉跌(の記憶)に懊悩する青く酷な歌詞からも、かなりエモいだろう・・・と思ってはいたが、彼の音楽との完全なシンクロ/チャネリングぶりはこちらの想像を遥かに上回るものだった。遠い目をしたままサウンドの隆起に徐々に痙攣が始まり、共に登りつめながら爆発し、ヴォーカル・パートが終わってからも「オウ、オウ、オゥ・・・」とマイクから離れて絶叫し続ける彼の背中は、見てはいけないものを見てしまったような、でもなぜか目を背けられない、一種異様な緊縛感で観客を虜にしていく(普通この手のギグでは2、3人はカメラ付き携帯片手のカメラ小僧がいるものだが、誰もステージに近寄らず、引きっぱなしだったのもすごい)。たぶん、彼の視界には自分の前に広がる光景――薄汚いフロア、凝視するストレンジャーの視線、その他もろもろ――は、一切入っていなかったんじゃないかと思う。バンドが叩き出すウォール・オブ・ノイズを全身で吸い取り、彼の中で生まれた化学反応を一切の抑制なしにそのまま吐き出していく。剥き出しの神経線維を思わせるその歌(2000年ごろのブライト・アイズがこんな感じだった)は、バンド・ブームに便乗して続々登場している新人UKバンドの「パフォーマンス」のほとんどがギターを使った空虚なおままごとに思えてくるほど、胸を抉る特大のエモーションと霊感(こういうバンドがまだ音楽界にいること自体、大いなる希望だから)を与えてくれた。心なしか、ジェイムズ自身そんな自分の没入ぶり・歌との一体化に狼狽しているようにも見えたし、1曲終わるごとに紅潮した頬のまま首を垂れる様は(純粋に彼がとてもシャイな人だってだけだろうなぁとは思いつつ)、たとえば自慰中に母親に見つかってしまった子供、あるいはうっかり夢精してしまった少年のバツの悪さを想起させられるほど、正直で偽りのない罪悪感――自分がこうして存在していること自体への恥・疑問(それを一切持たない人間は、だた生きているだけの鈍感な阿呆である)――を伝えるようで、切なくもいとおしかった。ステージで心を裸にしてしまうシンガーに、本当に久々に会った気がした。
「Last Year’s Rain Didn’t Fall Quite So Hard」、ボソボソと紹介された(ジェイムズの訛りは、半端じゃなくすごいっすね)「Talking With Fireworks~」のエネルギッシュなビートでオーディエンスもほぐれ始めたものの、ギターの弦が切れるアクシデントに見舞われ、必殺曲「That Summer,I Became~」の爆発力で強引にラストになだれ込み、駆け抜けた感。音のセンスはどれひとつとっても抜群だったが、ライヴ・バンドとしてはまだちぐはぐなところもあるし(特にベースの人、他のメンバーに較べて演奏にパッションが欠けているので浮いてました)、次回観る機会があったらもっとディテールまで聴けるPAで観たい・・・と思う一方、この晩の粗雑な音響の方が、逆に彼らの音にあるブルータルな殺気~狂気をうまく抽出していたような気も。盤の凝った音を生で再現するにはまだ4人の手腕が追いついておらず、かといって場数も踏んでいない途上期ということか。しかし、このバンドには「歌わなければいけない歌」と「出さずにいられない音」とをちゃんと持っている。その真性な表現衝動を目の当たりにできただけでも、充分だった。
| M | T | W | T | F | S | S |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | |
| 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 | 29 | 30 | 31 |